繋留音から生じる不協和音の美しさについての続きを書く。不協和音の美しさと敢えて言うが、音楽が前進して行く推進力は不協和音から生じる「ストレス」とその解決としての協和音である。
一番簡単な例で言えばいわゆる属7からトニックへの解決。ジャズ式に言えばG7(ソシレファ)ーC(ドミソ)の動きで(それに相当する他の調の動きでも同様だが、和声法はハ長調で学びそれを他の調に移調するのが前提になっている)G7の中に含まれるシとファの減5度(又は増4度)ソとファの短7度の二つの不協和音が存在している事によって生じるストレスと言う事だ。
そんな簡単な和声進行がそんなストレスを生むものなのかと言いたくなる人も多いだろう。しかし、そうとも言えない。この中には中世、ルネッサンス時期には忌み嫌われた上記の短7度と、減5度(まだは増4度)が含まれいるからだ。G7を転回(これについては後で述べるつもりだがいつになるか?)するとさらに様々なニュアンスが生まれてくる。
ベートーヴェンやロッシーニはこの二つの和音連結を繰り返す事により驚くべき音楽を作っている。「運命」の終楽章の終わりの部分を思い出していただきたい。ハ長調に解決する前の4小節間はこの二つの和音のくり返しのみだ。(正確には7度の和音ですら無く完全和音なのだ)
さて、今日のテーマはペダルトーンの事である。
第1番プレリュード(以下断り無く第何番は「無伴奏チェロ組曲第何番」とする)の冒頭を聞いて頂きたい。
冒頭4小節の間1拍目と3拍目は毎回「ソ」である。しかし和音は毎小節変化して行く。これがバッハが好んで使った「ペダルトーン開始」の良い例である。このプレリュードの3小節目はGーFisの強烈な不協和音である。ソシレ、ソミドと安定した協和音の後に出て来るのでちょっとした不快感を生む。これが「ストレス」そして次の小節で「解決」することで安心するのである。
同じような例では第4番のプレリュードでも使われている。(同じく4小節目)これがペダルトーンの醍醐味で、ペダルトーンの上にはどんな和音でも乗せられる。なぜかというとペダルトーンは曲の一番安定した音である、主音または属音(ハ長調で言えばドとソ)を使うからだ。第2番、第3番の冒頭も和声的に確たる裏付けが無いのであらゆる可能性があるが、私はペダルトーンで開始されるのがいちばんバッハらしいのではないかと思って、そういう風に楽譜にも書いてみた。
ペダルトーンの由来はヨーロッパの伝統楽器の中で低音の固定音を持続させつつ高音部で旋律を奏でる楽器だと思われる。固定音を持つ楽器の中でも一番日本でなじみがあるのはバッグパイプ(フランス語ではコルヌ・ミューズ)だろが、他にもミュゼット(小さなミューズ〔音楽の女神〕)、ヴィエール(手回し式ヴァイオリンのようなもの)などがある。この持続音をイタリア語ではボルドーネ、(フランス語でブルドン)とも言うがブルドンとは熊蜂のことで、その羽音が語源なのかもしれない。
固定音は普通一つか二つしかないのでメロディーが様々に変化してもそれに呼応して反応出来ないハンディがある代わりにそこから生まれる不協和音の面白さがかえって特徴的で印象的になる。固定音がある楽器はこの他アイルランドのフィドル(民族的ヴァイオリン)やアメリカのデキシーフィドル(おそらく起源はアイルランド)や高音に固定音ソを持つバンジョーなど非常に多彩に存在する。フィドル(ヴァイオリン)など弦楽器は開放弦がたいてい四つ以上あるので一つの開放弦を弾きながらとなりの弦で旋律を弾く事により簡単にブルドンの効果を作る事が出来る。
ちなみにバッグパイプは今ではスコットランドの代名詞のようになっているが先に述べたコルヌ・ミューズはそのフランス版でミューズ(音楽の女神)の角笛と言う意味であるし、他にも北アフリカからスペインを経てハンガリーまで様々な形で存在した(今でも存在していると言った方が良いか?)楽器である。この事は実は私のフランスの隣人から聞いたお話である。彼はコルヌ・ミューズの他にも、ヴィエールや全音音階アコーデオン(黒鍵のない)、ギター、ハーモニカなど様々な伝統楽器をなんでもこなせる方であったが、先年若くして惜しくも亡くなられた。
ペダルトーン、又はボルドーネの効果は古い伝統音楽はもとよりバッハもモーツアルトもベートーヴェンも非常に多くの作曲家が使っている。その多くは「ミュゼット」と言われる「ガヴォット」の親戚のような音楽で、第6番の第2ガヴォットの中で非常に効果的に使われているのでご存知の方も多いだろう。その他とっさに思いつく所ではモーツアルトのヴァイオリン協奏曲第3番の終楽章の中間部</a>(21′50あたり)にエピソード的にでてくるが、この音楽もミュゼット的な音楽である。ベートーヴェンでは「第9」のスケルツォの中間部のがペダルトーンを使っているし、「田園」の第一楽章の冒頭もその一種である。
また、一般的に「フーガ」の終結部は属音(ハ長調のソ)のペダルトーン上にフーガの主題を展開して構成することになっていて、こういう例はミサ曲等では枚挙にいとまがない。例えばモーツアルトの「レクイエム」の「キリエ」の終わり一分くらいの所がそれに相当する。
時代がもっと下っても、ブラームスがセレナーデの冒頭でコルヌ・ミューズの効果を使っている例があるし、コダーイの無伴奏チェロ組曲でも(終楽章で)ハンガリー風なバッグパイプの音楽が出て来る。
copyrigt Naoki TSURUSAKI